帰省

先週実家のある東北に帰省してきた

あの震災以来初めての帰省だ

津波の被害は受けていない場所だが震災の被害はよく見るとあちこちに残っていた

史跡であるお寺では灯篭?の半分から上あたりがみんな落っこちて

かろうじて壊れていない部分が根元にきちんと置かれていた

家族はくたびれてはいたがみな元気で日常生活を送っていた

母と妹と行った温泉では福島の被災地出身の従業員さんが重たい話を軽く話してくれた

福島県出身というだけで若い娘たちが結婚を反対されるのだと

土地も家もほとんど売れず価格が下がる一方だとか

数年ぶりで会った友人ともゆっくり過ごせた

一人はあいかわらず元気でいい年のとり方をしていたし

もう一人はあいかわらず昔のままだけれどいろいろ苦労して痩せていた

元気な友人が車で石巻と女川方面に連れて行ってくれた

被災地を見に行くという行為を私は嫌悪していたけれど

友人の雇い主はこういう時には見ておくべきだと言っていたらしく

気になっていた私は秋晴れのその日ドライブのコースに津波被災地を選ぶことに賛成した

都会の片隅で想像だけしていた自分はその場に行ったら泣きそうになるだろうと思っていたけれど

涙どころか特別な何かを感じるということもなく

ただただ現実としてあるその静かな風景を見て通り過ぎるだけだった

大きなビルほどの高さの瓦礫の山があちらこちらにあって

港はところどころ水没して崩れ落ちそうな廃墟が点在していた

広大な平地には流されずに残った建物がポツリポツリと下半分が何も無くなった姿のまま放置されていた

悲惨な風景のはずなのに

さわやかに晴れた秋空の下であまりにも静かに何事も無かったかのようにその風景が広がっているだけだった

生まれ故郷の大切な場所だと思っていたその場所に特別な思い出も記憶も無かったのだと気がついた

いや、うっすらとあったはずの思い出の記憶が呼び起こされるきっかけさえ残されていなかっただけかもしれない

あまりにも悲惨すぎて私の思考が全く追いつくことができなかったのかもしれない

あの港のあの魚市場でたしかに私はホヤを買ったし

帰りののろのろ走る電車の中で買ったばかりのホヤの袋から水が滴り落ちて床がびしょぬれになった記憶は

まだ消えうせてはいないのだ

女川から北へ行く道は分断されていて先へ進むことはできなかった

台風の影響か、数箇所で道の片側半分強が崖側に崩れ落ち、復旧作業が始められようとしていた

写真撮ればという友人の言葉にすすまない気持ちのまま何度かシャッターを押した

アルバムの方にそれらの写真をアップしておこうと思う

子どもの頃から何度も行った松島にも連れて行ってくれた

昔からさほど景気が良かったわけではない東北の一観光地としての賑わいは戻っていたように見えた

傷付いた私の故郷はそれでもなんとか生きようと頑張っているようだった

母と訪ねた親戚達はみな年老いて弱っていた

ただふと気がつくと子どもの頃の自分がジュースやお菓子を無邪気にむさぼっていた

あの頃の私が友人と語らっていた

故郷とはそういうものなんだろう

もう何十年も経っているのに失われることのない関係性みたいなものは生き続けるのだろう

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