ほんのちょっと答えが見えた

「心の死」という言葉に出合った。

先日のセールでもらった無料コーヒー券が今日までで、いただきに行った時間が遅かった。終了してた。しかたないので本屋に行った・・・


昨日の仕事疲れと風邪気味で弱っている心身を休めるため朝はゆっくり眠った。というか、ごろごろしてた。ここ数日窓からの風はけっこういい。

青汁粉入りのホットケーキを食べ、ネットでだらだら検索を始め、嫌な気分になってきた頃、母から電話がきた。やたら彼女はたくさん話した。今生の終わりかのように。結構前から彼女は片付けばかりしていた。暇があれば片付けもの。覚悟なのか希望なのか。運気アップならよろしいけれど。

父の残したあれはいらないか、これはどうか、バックを買っておいたからどうの・・・何をそう急いでいるのか。病気はほんとなのか。いや、そういう年齢なのだ。
なにをそう・・・と言ったら、先日亡くなったばかりの伯父の部屋を掃除してきて情けないくらい乱雑で汚かったからだと言った。それもそうだ。

明日、母の検査の日とのこと。動揺しているのか。年末に見送ったもうひとりの叔父の病気のことを思うと、それは想像せずにいられないだろうけれど。

母が気に入って持ち歩いているというお守りをいただいているお寺へ行った。お参りだけしてきた。もうお寺の門が閉まる時間だった。お願いの見返りをはっきり要求する神様で有名なのだけれど・・・引き換えにするものが何も思い浮かばなかった。いいかげんな母思いだ。

とはいえ、その昔、好きな相手のために一生ひとりでも・・・なんてお願いしてしまったこともあり、いまだにひとり・・・神様のせいだけじゃないだろうけど・・・あのアホが幸せならば願いが叶っているということか・・・
あ、忘れてた・・・お寺でも喪中は行ってはいけないのだった・・・・うっかりだ・・・・


で、帰ってきてコーヒー頂きに行ったつもりが終わってて、涼みがてら本屋へ立ち寄り、ぶらぶらと何かを探した。立ち止まった棚の前。そこは心理学のコーナーだった。ある一冊の本に手が伸びて、少しだけ立ち読みした。

そこに1つの答えがあった。
心の死?読んでみると、今の私、今までの私そのものではないか。
なんだ、よくある人間の心理だったのだ。
人が変わるときに辿る道だったのだ。
  高橋和巳「心をはなれて、人はよみがえる―カウンセリングの深遠 」

無気力、ウツ、などは今までと同じ生き方を繰り返すなという抵抗なのだそう。そのうち怒りが生まれて変化が始まり、現状に慣れて新しい生き方に到達するらしい。とはいえ、心の死は肉体の死にもつながり、危険でもあるという。
どうにもならない、どうにもできないときは静かに過ごす。それでいいらしい。

もっと読んでいようと思ったところで、携帯が鳴った。仕事の話だった。明日と来週数日仕事をもらった。
ほんの少し心が軽くなった。またあの木のある場所へ行くことになった。出来の悪いバイトさんが嫌そうな職員のおやじさんだけがちょっと気がかりだけど・・・


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