帰りたい・・・

どこへ?・・・


空には空の
雲には雲の
太陽にも月にも
動物にも木にも草にも水にも石にも
ありとあらゆるものに魂が宿っている場所に


わたしは帰りたいと強く願った。
そこがどこなのかわたしにはわからない。

今生きるこの場所のすべてのものにも魂が宿っているとわたしは信じているつもりだった。
だけど、わたしの魂は息を詰まらせて、ここではないどこかへ帰ることを泣きながら切望している。

子供の頃、わたしは時々そういう場所で生きていた。わたしを守り育ててくれたのは両親や祖父母や親戚や周囲の大人たちばかりではなかった。いつも見えない何か大きな暖かい存在がわたしのそばにいて守り育ててくれた。赤犬はそのことを知っていてそれでもいつもそばにいて見守ってくれていた。そんな風に今は思い出すことができる。
多くの大人や子供たちの中にいていつも孤独だったと思っていた自分はその大きな存在のおかげで孤独に押しつぶされずに生きていられたのだと今知った。


キッチンの陽だまりの中で背もたれに毛布やかけ布団をかけたその中にうずもれるように腰掛けて、チョコケーキとバナナとコーヒーを楽しんだ後、ネイティブ・インディアンの言葉を読んでいる。「それでもあなたの道を行け」というとても美しいネイティブ・インディアンの青年の写真が表紙になっている本だ。

本の中に掲載されている彼らの写真を見て思う。どんな状況で、どんな気持ちでそれらの写真が撮影されたのか。戦いに敗れた後の敵であった人種にカメラを向けられていたはずであり・・・・
彼らの顔を見ていて思う。閉じ込められたやり場のない怒りや正しいものを正しいと主張できない悲しさや・・・貧しい言葉でなど表現できない・・・
なぜか彼らの顔を見ていて思う。理由のわからない懐かしさや忘れていた愛情のようなものが心の中に湧いてくるのを感じる。

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鬱なのか?
昼前まで布団から出る気持ちになれなかった。
楽しみの朝食のための買い物はちゃんとしてあるのに・・・

本を読もうと思った。
布団の中でもできるだろうと。
外は晴れているらしい。
いいかげん起きた。

起きて自動的にする行動。
やかんに水を入れて火にかけて・・・それはいつも食事の準備。
何がどうあれ、生きるように出来ているらしい。

細長いフランスパンをいいかげんに切って縦割りにした。
アーリーレッドという紫玉ねぎとピーマンとウインナソーセージをスライスして、缶詰のダイストマトを塗りつけた上に乗っけてトースターで焼き、とろけるチーズを乗せてもう一度焼く。
軽く計算してみる。外食よりずっとおいしくて安い。こんな簡単なことすらできない状態が続いていたんだ。

まったく不器用な自分だ。仕事のない日々はこんなことで何時間でも流れていく。仕事がある日々はこういう大事なささやかなことすらできずに流されている。
主婦の人々とはまったく時間の濃度が違う。比べてもしょうがないことだけど。
昨日会った友人は、シャワーを浴びるだけで1日10数時間を費やす日もあると語っていた。
生きててもしょうがないよね・・・・と平然と語った。
生きていればそれでいいんだよ・・・とわたしは心の中でつぶやいたけれど。

ネイティブ・インディアンのように、自然の中からすべてを学びたい。毎日対面して静かに声を聞きながら生きていたい。
そう願いつつも、コンビニや自販機の光やカフェのない場所に暮らし続ける自信はまったくない。

バランスなのだと最近気が付く。どちらも必要なのだ。どちらが欠けても、どちらかしかなくてもだめなのだ。多くの人がそういうことに気が付いて、バランスのいい暮らしをしようとしはじめている。わたしはまだ上手にそれができないでいる。
海がすぐそこにあるこの場所に暮らしていても・・・・だ。貧しい心がもうまったくわたしを海へと向かわせない。

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合衆国に屈服したシッティング・ブルの写真を見て泣けた。
意志の強い気高い顔に深い怒りと苦悩と悲しみとが強く滲み出ている。
なぜこんな美しい人々が一方的に迫害されなければいけなかったのか。
美しくて正しい思想が攻撃されて潰されてきたのか。
歴史的な真実をわたしはほとんど知らないどころか、迫害した側の英雄達の話ばかり映画や何かで見てそれをかっこいいものだと思わせられて生きてきた。
考えてみれば、大自然そのものも人類から同じような扱いを受けて滅びつつあるのだ。

彼らの写真を見ていて思う。日本人にとても似ている。たぶん、昔の日本人の思想や生き方も共通している点が多かったのではないかと。誇り高いその横顔は白人社会でなぜ有色人種が蔑まれてきたのかを教えてくれる。
東からやって来た彼らにはない、深くて清らかで大らかなな思想と生き方と真理を知っていたからだと思う。既に宗教ですら人間の作り上げたものにすべてを支配されていた白人たちはそのことが驚異でしかなかったのだろう。どんなに痛めつけても消えない崇高な魂の前では勝ち目がないことを悟ったのだろう。蔑むことでしか自分たちの位置を確定できなかったのだろうと。
かつての日本人もそうだった。信じるものには真っ直ぐであった。命さえも惜しまず捧げるほどに。たぶん。

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さて、またキッチンに戻って太陽を浴びよう。貴重な今日という日の太陽の光だ。
これからのことは・・・・そうね・・・どうしましょう・・・大きな力の導きにお任せしてしまっても良いものなのかどうなのか・・・


続く             ・・・・・・かもしれない

1日部屋の中。
続きはなし。
明日は出かけないと・・・顔が白もやしのようになってきた・・・

おやすみ。



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