感動とおおぼけ

昨夜・・・
阿久 悠 のヒット曲の番組を見て、歌を聴いて感動した。
年齢がばれそうだけど・・・人生の多くの部分に彼の作った歌が流れていた。
特別大好きだった歌も歌手もいないけど、ほとんど全ての歌を諳んじることができる。

特に、ジュリーに感動した。歌詞も歌声も容姿、雰囲気、すげ―なあと思った。かっこいいし色っぽいし哀愁もあって。テレビドラマでキリンさんが演じた婆さんを思い出した。
阿久悠という人もすごくかっこいいと思った。亡くなって始めて知ることばかりだ。

今日の仕事はおおぼけだらけ。
となりの品のいい仕事のできる大人の女性は大受けして笑っていた。
たぶん、いままでは心の中でビョーキだと思ってただろうな・・・わたしのこと。今もかな・・・
自分自身、そうかもなあと思い始めた。

担当者は書式が同じかどうかという意味で同じ紙ですか?と聞いたのを、わたしは紙質のことだと思って言った。ちょっと色が黄色っぽいですねえ・・・・
つくづくわたしの脳はビジュアル、感覚的なものにのみ反応するのだと知った。
仕事も求められている内容よりは、たぶん、よけいなことに時間の大半を使っている。
ビジュアル面での工夫とか、画像の大きさとか、トリミングとか・・・・どうでもいいことばかり。
肝心の計算とか、場所の名称などがコピペのままとんちんかんだったり・・・

これで適性やら方向性がくっきりしてくるわけだから、嘆く事もない。
ほんとにやばい失敗なら、派遣元に報告されて、求めもしない更新を勧められる前にカットされてるはず。

さて、ジュリーに感動した昨日の夜は気がついたら布団の中。PCもお風呂も部屋の電気もテレビもつけっぱなしだった。でもなぜか昨日は涼しくなったせいか、こころに少し余裕があって、自愛が生まれた。自分を好きでいられた一日だった。

今日はまたちょっとしんどかった。
方向を考える。またどんずまりだけど、妥協しないように。
好きなことしかしない、いやなことをがまんするだけの選択はしないと誓おうかと思う。
理屈や言葉で我慢だと言っても身体の反応はそうはいかない。気の持ちようともいうけれど、そう単純なものでもないと思う。多くの女性が苦しんでいる事実をみるとそう思う。

過去の回想のきっかけが続く。
先日の土砂崩れの村のニュース。10数年前に暮らした村。辛い一年。けれど危機から救われた村。いくつもの真実を教えてくれた村。
流行歌とその頃の自分。
通信簿。
螺旋の何段階か上にちゃんといるのだろうか・・・
同じ場所のようで少し上の場所に・・・

仕事は辛い事ばかりのように綴っているかもしれない。事実、ストレスからの体調不良は深刻。だけど、周囲の女性たちは優しい。ほんとにいやな人はいない。個性いろいろだけどいいひとばかり。他部署にはこんもりといやな気が溢れてるけど。なぜかわたしの周囲は優しい。大人の女性たちなんだろう。

救いを求めている人がわたしに本音を語る。他部署の救いを求めているような人たちがすれ違いざま軽く挨拶してくれる。それがどういう意味なのかまだちゃんと知らない。それもこれもわたしのいつもの深すぎる思いすぎであることも確かかもしれない。

何が不調って、目が死んでる。白目が濁っているというか、軽く充血している。
今日はジンマが早い時間から顔に。
統計のためにメモしとく。北東方面 五黄。朝、ホットコーヒーを買ってって飲んだ。仕事がいくつも重なって軽く大慌て。
どっちが原因かは不明。

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