何かが変わったいやな感情が少し湧いた

母の体調不良へのお見舞いメールに、元気と希望が出ることをこめて、旅行行きたかったら行こうかと消極的なお誘いをしてみたけど、春まで仕事があって忙しいから見送りだとか、正月は弟夫婦は義理の妹の喪中のため実家へ年末から出かけてしまうとか。必然的に母はひとり残って年末年始を過ごすってこと。バイトを見送れば良かったのか。とはいえ、自分の生活は自分の責任。母との正月はあと何回・・・・と考えると複雑な感情。いやな感情がどんどん湧いてくる。腹が立ちつつある。行きたきゃ行きたいって言って欲しい。どうしたいとか、どうして欲しいとか言わない、望まない人間に、たとえ親でも、私の一存で動かす事は無理だ。望んでいるのか望んでいないのか、単なる遠慮なのかすらわからない。母娘の確執。思い合うだけで十分というのかもしれない。けれど、一年位も思い続けてきたことを実行できない悔しさは・・・準備できなかったコミュニケーションできなかった、計画できなかった自分の暗闇になりつつある。背負ってしまいそうだ。母にはそれがわからない。私には彼女がわからない。がまんする事だけが人生で一番大事だと思って人生を楽しむ事を知らない親の子もまた人生を楽しめない。何も解決してない。
だけど・・・煩悩すべて年末に捨てる。

リリーフランキー、彼は確か、おかんを東京タワーに連れて行けなかったんだっけ。
だけど、死ぬまでいっしょにいて、世話して大事にしてあげらてたから、彼女とすらわかれてまで。できうる限りの親孝行をしたんだ。

来年引っ越していく友人と神社へ行った。見えないものを何も信じないと頑なに言い切る彼女は観光地の1つとして寺社参りには行くらしい。方位除けの神社だと言うと受け答えが少しきつくなった。気学にはまり込んでいる私への批判も少し頂いた。

強風と砂嵐の海岸へ行った。散歩道を歩くことすらできなかった。

のんびりしたカフェで遅い昼食を食べた。いつまた会えるかわからないので、ケチらずちゃんと食べた。とはいえ、ランチ。おいしかった。ジンマが心配だったけど、ビビンバ風からあげのロコモコというのを食べた。コーヒーもおいしかった。
木の板のペンキの壁、広いトイレルーム、あんな雰囲気はとてもいい。海辺の簡素な木造家というかんじ。

何もできないことを自覚しよう。できないことをくよくよしても、自分を責めつづける事しかできない。健康を害するという統計を知っていて、沖縄に行きたいという母を連れて行くことも私にはできない。死んでもいいから行きたいという本人の強い意志と要望があれば別だけど・・・・

すべての煩悩を消してしまえ!新しい年が来る前に。
捕われている暇なんかない。



ジンマその後
あまり出ない。今日。
朝、あまから醤油もち、紅茶、りんご。
昼、から揚げビビンバロコモコ、コーヒー。
夜、トマトソースパスタ、玉子とシメジとベーコンのスープ、ほうれん草ごま和え、蒸しキャベツ、作りかけのもつ煮つまみ食い。
深夜、ジンマ出ない。

明日のために早寝しようと思ったのに・・・・母のメールに複雑な重い思い。お風呂もまだ。髪染めもしてない、シャンプーもしたい・・・・ああ、こんな時間。キーボードにやつあたり。なぜ・・・

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この記事へのコメント

あおい
2006年12月29日 19:36
お久しぶりです。
私はすべてのことを諦めかけた今になって
やっと暗闇を抜け出せそうですが、
ひとり飯さんは一番お辛い時期のようですね。

・・・そうですね、私も
「自分を苦しめる親孝行ならやらない方がいい」
と思っています。
誰に対してもいえることですが、
たとえ”幸せを与えられる時”を逸してしまうとしても
どこかで思いは伝わるもの
その思う気持ちこそが一番大切な事だと思っています。

いつか気持ちだけでなしに”幸せを与えられる時”が
来て、その姿をお母様に見せることが出来るようにと
祈っております。
めし屋
2006年12月30日 02:42
あおいさん、
ありがとうございます。
自覚していた以上に深いものがまだ残っていることを自分で知り、
まだまだだ、とショックで親不孝時代の自分にもどりつつありました。

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