「ソース」でワクワク?やきそばか?コロッケか? * AM罪人PM自由人

ソースをかけて食べる物語ではない。
昨日借りてきた本を読み始めた。
「SOURCE」 マイク・マクマナス著
“はじめに”の文章がすごくいいので、それだけでも十分な気持ちになる。
アメリカ人だからか、言葉がはっきりくっきりして言いたい事が明確だ。訳がいいのか?
ワクワクだ。それが全てのカギ。

本日読んだ分、全部納得。その通りだと思う。
たぶん、多くの人はちゃんと胸の奥底で理屈だけは知っている、と私は思う。

ワクワクする事を捨てて大人の常識の世界で多くの人たちは生きようと努力する。
大切なものを捨てて、忘れようとして、苦しみの世界が当然だと決め付けて、
皆と同じ幸せっぽいもの、素敵と言われる事、かっこ良さ、楽しさなんかを求めてしまう。
本当の自分が本当に求めている事かどうかさえわからなくなったまま。
そして知らないうちに見えないところから傷んでいく。

本能で求める事、好きな事を続ける事が自分のためだけでなく社会全体のためでもある、と。
わからなくもない。とても合理的なことだから。
本文をまだ少ししか読んでいない。また明日。

******************        ☆

さて、今日は午後からバイトの面接に行った。
短期、母の日のための花屋のバイト。
安い、きつい、おねーさんが恐い、生活できない、身体がもたない・・・
とかなんとか言いながら、それでもまたやりたい思いを捨てきれずにいた仕事。
責任者来られず、電話で話して明日から働きに行くことに決まる。

午前中は雨戸も開けず、音楽の音も小さく、物音立てず、ひっそりと。
なぜか罪悪感・・・
「ソース」にも書かれていたけど、アメリカ人でさえそういう面があるらしく、
人と同じ行動、生き方から外れると罪悪感を感じるらしい。

午後、小雨が降った後の駅へ向かう道は賑やかで明るく、
中年よ、書を持って外へ出かけよ!閉ざされた小さな部屋とは別世界の
何も心配のない自由な外界がそこにあるではないか。

生暖かい風の中、面接パスでバイトが決まり、
ポッカリあいた時間を地味な街のファミレスで「ソース」を読む。
ああ、GAKIどもがいっぱい。
アニメのようなメイクをした、小さな女の子達、顔の区別がつかない男子達。
それらの複数の小集団でにぎわう店内。母親のような女性が働く店内。異様。
小さな身体と顔で座席の背に乗っかってる女の子。なんて小さい。
中学校1年生くらいか?

なぜだか、街ごとの環境とか人の一生とかを考えてしまった。
安アパートとはいえ、わたしの暮らす街はりっぱな一戸建ての多い、人気の海岸の住宅地。
中学生どころか、小学生もきどって、身なりの貧しいわたしを侮蔑していく。

畑の中に工場地帯が点在する地味な街のファミレス。
目の前で下ネタと男子の話題を大声で話し続ける彼女達のようなはじけるエネルギーを
海岸の街の子供たちに感じた事はない。
ひそひそこそこそと目をそらして何かをささやきながら歩いて行く。
どっちがどうのとは何も言えないけど。
ああ、この違いはなんなの?格差ってもん?軽いけど地球一個分くらい大きな疑問。

                ☆    ******************************

パンクした自転車を昨日部屋の玄関に入れた。
今日、修理用のパッチを買ってきて、夕飯のジャガイモ入りマカロニグラタンを作りながら
パンク修理をした。無事完了。グラタン完成。
達成感。もの作り、手作業には即効性の喜びが付随する。良か仕事たい。
そういうことをもっと本能的に大事にして生きていれば間違いないってことだろう。
ソース焼きそばだ。

夜更かしは明日の危険。ほどほどに。

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