どうしちゃったんだ・・・

同級生がまた亡くなった。
原因はまだはっきりしていない。

中学校の入学式で知り合った。
友達100人できるかな♪を口ずさみながらむりやり入学を決めた中学校、一番最初にできた友達だった。

結婚して彼女は私よりずっと先に上京した。
子宮関係の大きな病気で闘病中、オームの事件が身近な場所で発生し、不安と身体の状態と生活環境のストレスなどなどから心も病んだ。長い長い闘病生活が始まった。

第一番目の友人をわたしはあまり大事にしてこなかった。
思い出せば、彼女はわたしをいつも大事に思ってくれていた。

あの頃、わたしは就職に失敗し(就職する気もなく)ふいに現実から逃れるように北海道のペンションへ居候へ行くことに決めた。出発前日か当日ごく少数の人にしか言わなかったのだろう。

北海道行きのフェリーには、仕事を終えてあわててタクシーを飛ばして見送りにきたその友人と彼女が声をかけて呼んだ数人の友人と、その当時わたしは反抗して口も聞かなくなっていた父までも母を伴って見送りに来ていた。みんな予期せず突然来た人々ばかり。わたしは戸惑っていた。
亡くなった友人は、私が当時大好きだった作家の本を大急ぎで数冊買いこんでお菓子やら何やらといっしょに押しつけるように持たせてくれた。

後日談はまた機会があったらこの場に記そう。忘れていた思い出がふいに蘇った。

夕べメールが来ていた。数年会っていないどころか電話もメールも手紙もやり取りしていない友人から。
連絡ください。とだけ。
何があったのだろうといろいろ想像しながら朝を迎えた。
電話をしたら友人は仕事に出ていた。ご主人に聞いた限りでは、学生時代の友人の誰かが亡くなったことだけわかった。夜まで真相がわからないまま時がすぎた。

やはり彼女だった。
原因は不明。詳しいことは誰も聞き出せずに時が過ぎたらしい。連絡を頻繁に取り合わなかったから、最後に会った、電話で話したその後のことは何もわからない。いっしょに銀座へ行ったのはいつのことだったろう。

仕事中、ミスが連発した。1000円札と5000円札を間違えたり、40円と400円を見間違えたり・・・ありえないミスを連発していた。お客さんに指摘されて実際のミスにはならなかったけれど。
身体と頭と目と手と口とがバラバラだった。

動揺・・・していたわけではない。いや、してたのか?大事な友達を亡くしたかもしれないのに、悲しさとか落胆とかそういうものが心に生まれてこなかった。彼女だとはっきり聞いてもこみ上げてくる思いは無かった。数年ぶりの親友と笑いながら思い出話や近況を語り合った。

悲しさは、どこへ行ったのか。
しというものに慣れてしまったのか。
母が先か私が先かという身近な場所にしへの覚悟があったためか。
毎日電車が止まり、毎日身近な場所でも事件があり、心身弱り生きることで精一杯になって、生への執着が薄れているためか。

心のしの状態から抜け出していないせいか・・・

同じ時代に同じ場所で共に過ごした友人達との久しぶりのやり取りで、わたしたちが頻繁に会っていた頃のこと、若かった日々のことを思い出している。みんな変わったけれど、みんな変わっていない。ただ年を取り、少し老けて、そしてひとりはもう会えない所へ行ってしまっただけのこと。それ以外何も変わっていない。それだけのこと。ただそれだけのこと。

あの日のフェリーの出港前のことを思い出すと胸が詰まる。本人以上に見送りの人々はみんな精一杯の思いで私のために足を運んでくれた。
ぽかんとしているわたしの前で、今回見送りにも行ってあげられなかったその彼女が目を潤ませて私を心配し励ましの言葉をたくさんくれた。


そう、後悔は無くしてから知る。いや、知っているのに無くしてしまうまで後悔しないようにと努力をしないだけなんだ。

悲しみが制限されているとしたら、いつどんな形で噴出するのだろう。そしてその制限はわたしの中の何を守るためなのだろう。

また明日。わたしは生きる。風邪をこじらせた店長のためにも仕事に行く。だから眠る。
ではまた。

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