偶然か必然かはたまた因縁か無意識の勘か

今日は鎌倉に行ってきた

内緒にしてたけどちょっと前からお寺とか仏教を紹介する関係の仕事を始めた

つもりだが、まだちっとも収入に結びつかない

で、今日は写真供養というのを紹介しようと思って

ついでだから自分の忘れたい過去の写真やらいらない写真やらを持って行ってきた

中には昔やってたレアな仕事の資料的な写真もあった

必要とする人に渡そうかとずっと捨てずに持っていたものだけど

先生は既にほぼ引退されており世話になった奥様も病気がちで会いたくないときっぱり言われたばかりだし

送るにもさほど貴重な資料とも言えずこの機会に燃やしてもいいかと持っていった

午前中はすっきり起きられずなんとなく気が進まずだらだら準備をする

気が進まない原因はほぼ三つ、方位が良くないこと

夜更かし続きと深夜食で天ぷらなぞをたんまり食べて早朝胃痛でもがいていたこと

前の記事がまたボツになったこと

ああ、もひとつ大きな原因があるな・・・生活費を稼いでいないこと

でも一度決めたことだし契約先に予告してあるのだ

しかも“なんちゃって”とはいえフリーで旅をしながらできる夢の仕事に限りなく近い形態だ

がんばって将来に繋げていくべきではないのかと自分に鞭打つ

行くだけ行ってやるだけやらねばと写真供養に間に合う時間ぎりぎりに出かけていった

たとえ御先祖様が敵対していた一族だとしても鎌倉に行ったら無視できない鎌倉宮を急ぎ足でお参りし

裏道を慣れた足取りで人ごみを回避して汗だくで目的地へ向かった

記事はまたダメそうだというかやる気のないまま行くだけ行っていい結果が出せるわけがない甘いのだ

時間的に遅すぎで必要とされるような写真など撮れもせず

それでも積極的に必死にできるだけのことをやったのかというとやってこなかった

お経を上げてもらいながらたくさんのスタッフに囲まれてひとりで写真を燃やしているうちに

更に気持ちが萎えてしまった

いいや取材なんてみたいな気分どうせ素人だしプロみたいになんかすぐにできっこないじゃんと

花の写真かなんか数枚撮って気持ちいい風に吹かれてぶらりぶらりと帰ってきた

実はそのお寺の近くにはかなり以前、妙なご縁でレアな仕事をすることになったそもそものきっかけを下さった

偉い先生のお宅があり、1~2度ほどおじゃましたことがあった

どうしていらっしゃるかもうたぶんこの世ではないところへ行かれただろうかとか思いながら

同時に思い出したくも無い過去をボヤボヤと思い浮かべ

くたびれた足取りで路地の裏から裏へと縫って駅へ向かったのだ

途中行き慣れた小さな神社をやはり無視できずお参りしながら

大銀杏が枯れかかっているのやモミジが紅葉もせずかさかさに枯れてしまっているのを見ては不安になりながら

空腹をガマンして駅に着き、わき目も振らずホームへ向かった

帰宅後、何度も鎌倉へ行くたびに思い出してはどうされたかと気になっていた偉い先生のことを

初めて調べてみる気持ちになってネットで調べてみたら

ああ、なんと六年前の今日が命日だったと知った

どうってことない偶然と言えばそうだろうけど

今年は何かの境目、変わり目、区切りの年、そんな意味合いのある年のようにも思えてくる

地震をきっかけにとはいえ仕事でお世話になった先生の奥様の声を聞くことができた

先生を紹介してくださったのが鎌倉の偉い先生だったのだ

悪縁の相手が直接のきっかけを作ったその仕事に深い縁があったのは私の方だったのかもしれない

悪縁が切れてから十八年、その仕事を続けていたのが約六年、六年の倍数が何か意味のある単位なのか

会いたくもない悪縁の相手に良く似た人間を二度も目撃したことも何か因縁のようなものを感じる

悪縁を今度こそ断ち切りすべての終了した過去を清算して新しい流れの中で生き始める時に至ったのかもしれない

谷底に落ちていく寸前に救いの手を差し伸べるごとく変化を与えて下さった

偉い先生の御冥福をお祈りいたします

この偶然に意味など無いのだろうけど、もしも意味があるとするならいったいどんな意味なのだろう

宇宙の法則は謎だらけだ

そうそう、手塚治虫氏の「火の鳥」を見るとものすごく意味をこじつけたくなってくるんだけどね

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