チャイナイッチャイナ! (ウ~)

寂しさの理由。

気が合うわけでもない、ただ偶然同じツアーに参加しただけの数組の他人と4日間毎日昼と夜、同じ円卓でご飯を食べました。気まずい空気も何度あったことか。

朝から晩まで24時間×旅行日程、親友といえどこれほど一緒にいたのはお互い初めてのことでした。
しかも、一人旅に慣れ、妹とでさえ気まずくなることが多かったマイペース維持必須の私には、苦痛になる時間がきっと訪れるはず・・・と予測していたのですが、多少気遣いに疲れて不快になる瞬間が何度かあったり、習慣の違いでくたびれて口にした苦情以外はずっと一緒にいて、「頼むからひとりにして」と言うことが最後まで無かった。どちらかというと、自分が友人についていく感じで面倒見てもらった。当然、朝ごはんは彼女と二人飯。

ひとり飯でない、誰かと一緒の食事がここ10年以上の歳月の中で一番長い期間だったのです。

毎日一緒だった異国の人物。現地ガイドさんとドライバーさん。穏やかな雰囲気の男性ガイドさんとはほんの少し話もできた。旅行中笑った顔を3度しか見なかった大柄で怖い顔のドライバーさんは、好みのタイプでもないのに、なぜか気になる存在で、こちらからおはようございますと言っても返事は無くて、それでも嫌なやつには思えず、こそばゆい?タイプの人物でした。

好き嫌いを超えて、面倒な円卓食事が無くなってすっきりさっぱりのはずなのに・・・
この寂しい気持ちは何だろう・・・

円卓で家族そろってにぎやかに食事をする文化。そこにとても大事なことを知ったような気がします。

同じ円卓でご飯を食べたらもう、家族、兄弟なのです。きっと。

同じ時を過ごしたら、一度会って知り合ったなら、家族、兄弟、親戚同然なのです。きっと。

相性も、それぞれの事情も、好き嫌いも、年齢も性別も、出身も、職業も、嘘も裏表も、マナーもへったくれも、身なりも言葉も性格も何もかも超えて、縁のあった人々ということなのでしょう。きっと。

あいさつもあっさりと、名残惜しさもほとんど無かったくらい、なのに、今頃という感じです。
それが、あの国の見えない宝物のひとつかもしれません。

劉備、関羽、張飛の気持ち悪いほどの兄弟愛は、現代の中国人の気質にも生き続けている可能性は濃厚かと思われます。

旅の最後、空港にて、軽い挨拶をかわして先を急ぐ日本人たちと、握手するために手を差し出そうとして引っ込めた現地中国人ガイドさんの寂しげな笑顔が印象的に心に残りました。私もまたドライな現代日本人。わかっていても手を差し出す勇気がありませんでした。気になるドライバーさんにも再見と言えず。皆さんと同じように、ただ「ありがとう」とだけ。最後に、照れたようなドライバーさんの笑顔を見ました。友人も気になっていたのか、笑うとかわいいなどと言っていました。

つづく

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