2010/01/18 初観音

年始に初詣に行った時、あまりの長蛇の列に参拝をあきらめ、どうせならと今日の初観音まで待って、ようやくお参りさせて頂くことが出来た。

母が始めて訪れた時になんとなくこのお寺が気に入ったらしく、その後もずっと私が送るぽっちゃりとしたお守りをずっと身に着けているので、今年のお守りも頂いて来た。
昨年のお守りは、年末の怪我もあったので、帰省した時に預かり、今日納めさせて頂いた。

このお寺とのご縁は初めて私が一人暮らしをしたボロ屋敷の大家さんとの出会いがきっかけだった。
大好きな家だった。1階に90数歳になられる、車椅子で一人暮らしの元お嬢様が暮しており、この私でも不安だった初めての一人暮らしの大きな支えとなって下さった。

大家のハルさんが、いつだったかお部屋におじゃましてだらだらとおしゃべりにお付き合いしていた時に教えて下さったのだ。

「楽しかったわあ。観音様のお参りに行くのが。門前のおそば屋さんでおいしいラーメンを食べて。おいしかったわ・・・」

その時に教えて頂いたのだ。観音様の隣の聖天様は願い事をなんでもかなえて下さり、お礼はちゃんとしないと・・・と。

何年ぶりかで観音像を間近で拝観させて頂いた。具体的な願い事はあまり無い。たぶん、幸福なのだ。これまでのお礼と、母のお礼と、心身を傷めることのない仕事に就いて充分な収入を得て幸せに暮せることを感謝してきた。

贅沢この上ない願いのようだけれど、「ガーデンを探して」を読むと、あたり前で自然な願いだと思える。

生きること自体が大変なのだし、身体や心を痛めて無理に働くことが正解とは言い切れない。誰もが健康で幸福であるように願っていいのだと思う。そのためにこそ努力すべきだと。

夢を持って目標に向かう人たちはその限りではないだろう。多少苦しくても頑張ることがその人の幸福だろうから。

私は夢が強くはっきりするまで健康でのほほんと暮したいと思う。最低限、自分の力で生活できるように働きながら。仕事の形態はこの際やはりどうでもいい。正社員という形式には今まで通りこだわらなくてもいいかと思う。そのことで働くことへの恐れが生じているし、今の世の中だから、なおさら仕事を見つけられない枷になる。

とはいえ、この先不安で気持ちは行きつ戻りつしながら暮していくのだろうけど。

何度もどこかで目にした言葉が戻ってくる。

やりたいことは今しかできない。
いまやらなければいつやるの。
また今度、今度なんて無い。


ただ、いつも言うけど、今できなくてもずっと思い続ければ思いは叶う。
経験的に私はそう思う。


最近の出来事・・・

無くすはずのない物が、どんなに探しても見つからず、どこかに落としたとしか考えられなくて、あきらめていた頃、何度も探した場所からひょっこりみつかったりすることが、数度あった。

今日は先日初詣に行ってきた神社のお守りが、先日頂いてきた新しいお守りといっしょに小さなポーチの中に収まっているのを発見した。お守りと免許証などを入れている和風の小さなポーチ。何度も何度も探したのに・・・みつからなかった。それが、ちゃっかりとふたつ?!ある。

参った。新しいお守りをいただくために納めてきたかったのに・・・今頃・・・出てきて。どっちが前のかわからない。

不思議な出来事ととらえれば何かのメッセージと受け取ろうか。
どこをどう探してもみつからない探し物は、ちゃんといつもの場所にあるんだよ、と。慌てず騒がず、その場所をちゃんと見てごらん、と。仕事にしても、心の求める何かにしても、ってことかなあ・・・

単なる出来事ととらえれば、ボケ。うっかり。自信を無くす・・・

さて、観音様は弘明寺という小さな町のお寺にいらっしゃる。

何ごとかというほどのお線香の煙にむせるわ涙出るわ寒いわ・・・に堪えながら、読経と説法を聞き、護摩の炎を最後まで見届けてきた。なぜだか好きなのだ。信仰というより、そういう文化というか目に見えない非科学的な風習というか、儀式というか、そういう空気の中に身を置くことや見ていること聞いていることが好きなのだ。
単純に好奇心とかおもしろ半分という罰当たりだったりもするけれど。

妙に落ち着きの無い、同年代の熱心な信者?さんとつかの間の出会いもあった。彼女なりに必死なのだろう。どんな願をかけているのか。他人事と思えない、どこか自分と同じ空気を持った女性だった。

もう寝たいので、今日の分も付け足しておく。

ここ数日、間寛平ちゃんのアースマラソンの動画にはまっている。ほとんどただ走っている後姿で、会話も限られているけれど、飽きることなく見ていられる、見続けたくなるのは、風景が絶えず流れていて、見知らぬ国の風景だからかもしれない。たまに出会いやドラマがあったり、走りつづける無言の後姿に見る側が勝手にいろいろな感情を想像しながら見ているからでもあろう。

長い長いひたすら走るだけの映像を私は映画を見るような気持ちで見続けている。
アースマラソンの事を知ったのは、寛平さんが癌の発表をしたというニュースのタイトルを見た時だった。

お笑いという職業と天然?のユーモアのセンスは、走ることだけでなく、生きること、苦しみを乗り越えることに最大の威力を発揮する。
本人の苦痛以上に、周囲の人間をも救うエネルギーがある。天が人間に与えた素晴らしい能力だと思う。



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