なんだか違う

都会へ行ってきた。
とある有名企業のバイトの説明会。来年の準備をしておかないとまた大変な事になるし・・・

けど、なんだか心が萎えている。
不景気の今、その仕事の面白みは苦痛に変わりつつある気配を感じてしまったし、この不況下でもなんとか強がって弱みを見せたくないという都会の大会社の人々のこれでもかというおしゃれにも不自然を感じたし、カフェで遅いランチタイムを過ごしても、たくさんの人間がいるのに、人間らしい空気を何も感じなかったし、何かがものすごくなんだか違うという感覚がずっと私を取り巻いていた。

おかしいのは私の方かもしれないけれど。
ちゃんと昨日電車や場所を調べておいたのに、説明会には遅刻したし、帰ってきて夕飯の準備をしようと冷蔵庫の中をぼんやり見ているとき、通りの声が聞こえてしまい、なおさらに萎えている自分が今パソコンに向かっている。

「いつも家にいるよな・・・」「なんか変わってるよな・・・」
この街に知り合いはほとんどいない。知らない男たちの声だ。またかと思う。
人と違う生活行動、容姿、身なり、空気感?人は人を区別する。それもこれも自由だけど、この静かな街の路地の当事者の家の窓の下で普通に聞こえる声でわざわざ言うことの意味は何?
普通じゃない人は犯罪に結びつくから見張ってないといけないの?
やっとほどけてきつつあるのかと自分で思っていた心がまた頑なにひきこもっていくような気がした。

狭いなあと思う。小さいなあと。自分の生きてる空間。年々小さくなるような気がする。
海岸を歩いていた自分は?旅をしていた自分は?経験のない仕事に飛び込んでいた自分は?髪にパーマをかけて容姿を気にしていた自分は?バイクに乗り、ボートに乗り、笑っていた自分は?恋をしていた自分、家庭にいた自分は?

今の自分は?何?

いや、何も変わっていないといえば言える。目標も浮かんではすぐ消える。泡のように。強く決心したはずのことも煙のようにすぐ消える。

「どの道を通っても行き着くところはひとつ」いつかどこかで何度か読んだり聞いたりした。私はどこへ向かっているのか。

萎えている。
スーザン・ボイルのように、何か特別な優れたものを持っていない限り、それを大衆に突きつけない限り、普通ではない劣った面ばかり人は拾い上げては突き落とすのだろうか。

幸福を感じた日々をこうしてすぐに忘れてしまう。ほんのちっぽけなつまらない他人の無神経な言葉やすべてではない世界の社会のほんの一面に偏った見方をしていたかもしれない一瞬の自分の感覚に、心が負ける。

自信を無くし、一歩も外へ出られなくなる、そんな人間の心がまた少し理解できそうな気がしている。外界はたしかに恐い。

だけど、たぶん、自分と関わりのない知らない身分の一見成功者に見える人たちの心の中にも同じような思いがあるかもしれないし、もしかしたらもっと暗くて重くて恐ろしい感覚を抱えながら今日を生き、明日へと進んでいるのかもしれない。

説明会の大企業の担当者の自信に溢れたものごしの中に垣間見る怯え?のようなもの、説明会参加の数名の経歴の高さの物語るもの。重たい空気。真剣な言葉。主婦対象のほんのアルバイトなのに?それは何度も自分の都合で仕事を転々としてきた私のそれとは全く異なる深刻なもののように感じられた。

はたらきたくねぇ。交流?しなくてもいい。旅行?いきてぇ。
昨日訪れた施設の住人は正直にそう答えてくれた。同感だ。その隣に座っていた、見えない聞こえないわからないからいいのよ、と付き添いの人が言った住人は歪んだ容姿で、まるで七福神とか神様のようにただそこにいて静かに私と対面していた。不快感も怖れも何もなかった。自然の一部のようだった。私にとってそれはたぶん癒しのひと時だった。
私には彼らが何もわからないとは思えなかった。たぶん、誰にもわからないことが彼らにはわかるのだろうと自然に思えた。彼らは私を認識していたし、私の心、いや、魂レベルの事を察していたかもしれないとさえ思える。

天はたぶん思っている以上に公平で、大きく欠けている部分の変わりに他の特別な能力を与えていたりするものだ。それが発揮される機会が無いだけか、周囲が気付いていないだけで。


人に傷ついたものは、人にしか癒されない。それもどこかで読んだか聞いた言葉だ。
明日もまた違う場所へ行く。


旅行、行かせてあげたいな。そう思った。昨日。

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