ぽーちゅらか

人呼んで根無し草・・・
職もすみかも定まらず転々としている、それって、あたしのことじゃん・・・

ととっさに口に出た。昨日。また空気感が・・・とかいう顰蹙をかってたりするんだろうか・・・生活を背負いながら優雅な低時給、週数日だけの働き・・・悠々と構える変な余裕・・・生活に困っているわけでもないのにやたら真剣に必死に働く先輩達・・・かなりの恐ろしい言葉を吐き出しながら・・・
そして午後おそく嵐!恐ろしい集団の嵐に飲み込まれた・・・やっぱ人間が恐い・・・
静かに健康にゆったりと無理せずできることをできるだけ、そんな生活態度は間違いなんだろうか。
同年代の先輩とは意見が合う部分が多いのだけど。

今夜は You Tube でホリー・コール、ボン・ジョビ、ドアーズを聞いている。どれもかっこいい。

昨日、人間関係の見たくない部分がまたまた急に見えてきた。どこに行ってもそれは避けられないことなのか。自分がこうだからそうなるのか。空気が読めないうちに変な状況になっていたりする。またまたまた・・・
とはいえ、そうなることで集中が分散して少し楽になる人もいたりする。そういう面で私の存在が役に立っていたとしたら、それはそれでいいのかもな。

好き嫌いやら相性やら立場はべつとして、なんとなく少数派の味方をしたくなる。集団対ひとりというのはかなり許せない。なんて言ってるうちに私のほうがたった一人になってたりする。まあ、それでもいいか。そうなった時にほんとの友人や大事な人がみつかったりするのかもしれないし。

それにしてもひとりひとりはとてもいい人なのに、人はどうして集団化すると感情が狂暴になるんだろう。ひとりの怒りが集団全体に浸透して、怒りの出所を攻撃し始める。当人対当人なら対面でいくらでもやりあえばいい。それ以外は絶対的に分かり合える意見のやり取りなんてできないだろうしフェアじゃない。正確に伝わることは対面ですら難しいのだから。

弱い人、話しても話しても理解されない見えない部分の困難を抱えてひとり辛い思いをしている人の理解者とまでなれなくても、そばで話を聞いてうなずくくらいならできる。それがどんなに力になることか、それは過去の私が知っている。集団からの孤立をおそれて、そういう立場を放棄したら、自分にすら理解されないわたしになってしまう。

ドアーズもう一曲聞いてお風呂入って寝るか。
朝日の当たる家がみつからないんだけど・・・
ボン・ジョビの顔見ながら甘くて切ないバラードでも聞こうか・・・
髪を短くしたボン・ジョビは私の目にはやたら素敵に見える。
いいなあ、年を取るほどに素敵になっていく男って。

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