新しい仕事 と 身体のサイン と 人の人生

新しい仕事が始まった。
とある公的な場所の受付。
やる事は単純だけど、慌しく、昨日整体師さんに言われた、大きな声を出す必要性もあった。いいタイミングというかなんというか。

夕べ作っておいたおにぎりは正解。休憩が30分しか取れず。レンジでチンして別に持っていった海苔を巻いてGood!明日の分ももう作った。

ひさびさのスカート、スーツ。冷え対策でアンダーに何枚も重ね着。ごわごわ。
男なみの骨格と身長があるからスーツは問題なく合うと思う。サイズさえ合っていれば。ただ、顔が・・・くたびれている。男顔がさらに男らしくなっている。いよいよメークに頼る時が来たのか・・・しかし・・・うとい。まったくわからない。何をどうぬたくったら良いものか。興味もほとんどない。

8:30分からの仕事。16:30には終了。余裕があるようでいて、朝も昼も夜も今もず~っと慌しい。年末年始の午後から仕事の方が気分的にも身体的にも用事をするにも気が楽だった気がする。

寒さのせいか、声を張り上げていたせいか、蕁麻疹は顔に少しと肩のあたりに午後から出始めた。頭の内外が一番出ている気がする。たぶん、目も。これって危ないんじゃないのかな・・・脳にもぶつぶつ出てるんだろう。きっと・・・・

命がここいらで終わるとしたら・・・今何をしたいだろう。ぱっと思いつかないんだ。いまだに。旅はしたい。行ったことのないところ、ずーっと遠く。あの世よりは近く。
かといって、無欲の境地に達した清々しさなんてものも全く無い。ただどろどろだらだら、日々暮らすこと、このプチ不調の身体との対話でほぼ終わる。

某公共の場所の受付にはいろんなお客様がいらっしゃる。目も足も不自由でご不便そうな方が年老いた父親を伴っていらしたり。親よりも不自由そうな息子さんはそれでも親のために社会的な勤めを果たされている。
ときどき自分をボロボロという表現で語っていた自分を省みる。

自分の不摂生なんかでもなんでもない、もう、重いものを背負って生まれてきた人がたくさんいるんだ。それを背負いながら、ちゃんと普通に死ぬまで生活して生き続ける。当たり前のように。
反面、見た目にも立派だったり、全体的に整っている人間もたくさんいる。それもまた当たり前のように。だけどかれらもまた死ぬまで生きていつか死を迎える。たぶん死は彼らにとって恐れと終り。

そこんとこだけはみんな平等で、ボロボロで行ききった人にとっては幸福への入り口のようにも思える。少なくとも、ホッとする時の訪れなんじゃないか、と。
人の見た目だけでそんなことを考えているわたしも失礼というかなんというか。こういう仕事でもしないとこれほどたくさんの人を面と向かって観察することも無いから、いろんな発見をしてしまうんだろう。

スカートなんてはいてれば、やはり冷える。少し頭痛。蕁麻疹のせいだったら恐い。
整体のせいか?

ああ、先日紹介してもらった本をアマゾンで探そう。必要なものは手に入れる。迷わずに。いらないものはぱっぱと捨てる。そういう年にする。


食の記録
鍋に夕べのカボチャとだいこんと小松菜と油揚げの味噌汁が残っていたので、夕飯を作りながら食べた。そのカボチャの味がとてもおいしく感じられた。
今、こうしていながらごませんべいをほぼひと袋食べ終えようとしている。身体に良くない気もする。
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温泉力

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