人のことならよくわかる

先日TVで大好きなイエモンのヴォーカル吉井さんと美輪さんの対談を見た。
美輪さんは吉井さんに言った。
派手にしてなきゃだめなのよ、とかなんとか。
急上昇中の頃のイエモンの吉井さんはかっこ良かった。
他には見当たらないほど恐い風貌だったけど、
ロックはああじゃなくっちゃと、ひきずりこまれる曲の数々、うれしかった。

ひさびさに見た吉井さんは地味だった。
解散、独立の頃に見た彼より更に地味になっていた。
美輪さんの言うとおりだと思う。
派手で狂暴そうな風貌が彼らしくて、彼自身が元気でいられるスタイルだと思う。
そこに人は惹かれて大好きだったんだ。
彼は何を悩んだのかな。追っかけじゃないから何にも知らないけど。

そんな風に、人のことにはうなずける。
そんな風に、自分の事も見えていたなら、もっと歩みは自然だろう。

世間がどうの、人がどうの、ああ言われたこう言われた、生活が・・・・
と言い訳しながら、自分じゃないものへ無理に変化していこうとする。

「変わらなければ」・・・と壁にぶち当たる人間に他人は言う。
だけど、自分らしさを無くしたあとに何が残るのか。
誰にも何も言われないふつーのわたし?
新しく生まれ変わったすばらしいわたし?

そういう場合もあるだろう。
だけど、めぐりめぐって見えない無理が噴火して、
違和感が病気とか神経へ支障をきたすかもしれない。
空っぽの抜け殻がただ歩いているかもしれない。

変わらなければ(いけないのか?)とずっと思ってもがいていた。
その本当の意味は、自分らしい自分に戻りたいという意味だったのかもしれない。
社会に、会社に、人並みに、自分を合わせて、個性を消して、
目立たず普通と言われる人にならないといけないと思っていたのが
苦しさと失敗の繰り返しの原因なのかも。

なりたくないものに、どんなに努力したってなれるわけがない。
自分らしくないものは似合わない。
個性が強すぎても、それがその人のその人らしさだったなら、自然でしかない。
そこが分かれ道。

ふつーに、ならなくてもいい。・・・なりたくない。

ということは・・・・・
自分らしさのいい所はどこなのか、
与えられた原石をどうやったらきれいに磨いて輝かせられるのか、
それを必死で見つけないといけない。原石が無いなら、真珠を作る。

しかし・・・・・いまだに意味不明のまま読んでみている経典には
自分を捨てよと書かれているんだろうな。
自分が自分が・・・・と言ってる間は真の幸福の道は遠い・・・とか。
石磨きにつまずいた時にまた考えればいいかな。

自分の過去のブログを見ていて、思ったこと。
ぐあい悪い、という言葉がやけに多いこと。
他人とのつながりがほとんど無いこと。自分からつながりを持とうとしていない。
それでも見に来てくれる数人の方・・・・どうどうめぐりでくどくてすんません。
こりもせずご来訪ありがとう。

しかし、これでいいと思ってる。
狭い卵の殻の中で、たったひとりあーでもないこーでもないと黄み白みを行ったり来たりして、
外界との接点を見つけようとしながら、いつかその接点から殻が割れて何者かが生まれる。
自分らしい自分が生まれるといい。
あるいは・・・・・・・・

卵焼きくらいにはして欲しい・・・・・
甘いやつね。

こんなわたしを友人は強いと言う。
人の言葉に左右されないで、自分を貫いていると。
これでもぐらぐらぐらついて、だからたぶんぐあい悪いんだ。いつも。
がまんしないから、仕事続かないし、だから決定的な病気にもならないんだと思うけど。

気学の生まれ月の傾斜という星に暗剣とか月破とかがついてる人は
そうとう人生で苦労が多いと書いてある。わたしにもついてる。
人はもっと楽に生きてるのか?わたしは辛い人生なのか・・・・?
そういわれてみれば・・・・隣家では賑やかな笑い声が午後から夜まで続いてる。
ひっそりとわたしはひとり、ご飯食べながら、TVのものまね見ながら時々笑う。
多くの人は求めずして多くの人と繋がっている。家族、親族、近所、その他いろいろ。

人は違うんだね。ほとんどの時間、わたしは孤独と共に過ごす。苦痛とは違う。
そういうことを受け入れようかと思っている。(既に受け入れてる?)
そのうえで、わたしだけのいい所を拾い上げていければ、そのほうが幸せだ。

イエモン聞いてる。いいなあ。
眠る前に、トム・ウェイツも聞いてみよう。

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