偶然か必然か

夕方帰ってきた。
田舎のトラブルで出かけた叔母の家の留守番に、呼ばれてないのに無理やり行って、
ちょっとだけ店番して、こことは違う、自分がよそ者で居られる空間で、
ただぼんやり新聞ながめてTV見て、自販機補充して、数日くつろいで、
出掛けにいろいろ仕事を思いつき、予定より遅く店を出て、
乗り換えに失敗して予定よりずっと遅く友人の待つ駅に着き、

ひとり暮らし友人に改札越しに黒ごまパンとせんべいを手渡し、
手作りの混ぜご飯と肉じゃがをもらい、
暮らす街の気学教室に遅刻して、
電気屋のマッサージ機で身体ほぐして、
格安スーパーでトマト缶とチーカマ買って、
重い荷物ぶら下げて、いつもの道を歩いて帰る、
その途中・・・・・

ああ、なんで?
路地を曲がった交差点の真中を
今まさに神輿が通るところ。
龍王さまの神輿だった。
聞きなれた掛け声と、夏の向こうに置いてきた担ぎ手の出で立ちの思い出が、
涼しい風と夕方のグレーの空間に、なんだか違和感を感じて隠れたい衝動に駆られながら、
横断歩道が渡れるようになるまで、神輿を見ていた。

これは、単なる偶然か、それとも龍王さまのメッセージとか啓示?
最近ぜんぜん来ないじゃないか・・・おいらの海に・・・何で来ないんだ?・・・とか何とか。
だれがここに住んじゃいけないって言った?おれらはちゃんと認めてるだろう?・・・とか。

ここのところこの街に暮らすのが嫌になっているからか。
海にもほとんど行ってない。
せっかく何か知らないご縁で暮らし始めたこの街が、なんだか嫌いになっている。

神輿を見送って、なんだか泣きたくなった。
行ってみようじゃないの。海へ。そんな目の前で踊ってくれるんなら。
風も強いし、海も踊ってることだろうし。

お昼を食べていないから、空腹なんだけど、せんべいとごまパン半分食べて、
明るいうちにチャリンコで海へ行ってみた。
涼しくなった秋の夕暮れ時なのに、やたら人が多くて、波もいつも通りで、
ただ、富士山がピンク色の夕焼け空にやわらかくすっきりと浮かんでいてきれいだったけど。

帰った部屋は何かうまく片付かないまま混沌としていて、PCの前のコタツテーブルの上には
CDが山積みになっている。
週末、バンドをやってる友人から大量に送られてきた音楽のCD。
好きな相手と暮らし始めてダブったからと、お礼の電話をかけたら言っていた。

ぐずぐずだらだらドロドロ、浮かない気分の私に友人達は優しい贈り物をくれる。
そんな時、最近特に思うことがある。
自分は人に何をあたえられるんだろう、何をしてあげられるんだろう、と。
友人達や身内がくれたものは、見える物という形をとった、気持ちそのもの。
わたしにはその気持ちから足りないような気がする。けして物が買えないからではないんだ。
いつも、一番に見ようとするのは自分の暗闇で、人のために何かする事など考えていなかった。

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ニュース、新聞に思ったこと

最近また虐めで子供たちが死んでるの?
いじめられる人たちの気持はよくわかる気がする。
いじめの言葉も視線も、空気も、全部本当だ。
気のせいと言われるのは、それらの事実があったその後に、そうじゃないものもそう思えてしまうから。

だけど、死ぬのはもっと恐いはず。楽になんかならないと思う。
死ぬくらいなら、とことん嫌なもの、自分を苦しめるすべてのものから逃げればいい。
そんなことできるわけがないから死んじゃうんだろうけど、死ではない逃げ道もあるんだ。
逃げて、拒絶して、閉じて、学校なんか行かないで、守ってくれない親なんか見捨てて、
家出、引きこもり、放浪・・・ここじゃないどこかにある何かを見てからでも遅くないと思う。

ここじゃないどこかへ行く途中で死ねちゃうかもしれないし、素晴らしい何かに出会えるかもしれない。もし、ひとつでも素晴らしい何かに出会えるとしたら、出会う前に死んじゃうのはもったいないよ。出会ったら出会ったで、もう一回出会うまで・・・・とだらだら生き続けてしまうんだ。
逃げるのもけっこう大変だけど、死ぬよりは楽だと思う。

放浪はかなりいいと思う。できることなら。旅の先には絶対何かある。いやでも何かある。
良し悪しは別として。死ぬ前に放浪しよう。一度でも行きたかった場所に行ってから考えよう。
世界はもうちょっとだけ広いことがわかるかもしれないし。
あくまでも電車はドアから車両の中に乗る事!先頭に外から乗っかろうとしてはいけません!


地震・・・・やっぱりきた。
でかい夕陽、一直線の雲。これも偶然なのか?

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店番してて思ったこと  もうひとつの偶然あるいは縁

かわいいお客さんに癒された数日間。
お母さんと来て10円のガムを買い、うれしそうにわたしを見てなごり惜しんで帰っていった小さな子。数時間後に走って店に飛び込んできた。後から遅れてお父さんがやってきた。女の子と思われたその子は男の子の名前で呼ばれていた。また迷って10円のガムを買い、上がりかまちに腰掛けて、何かを語るでもなくくつろぎ、困っててれるお父さんに促されて帰っていった。

夕方、店を閉め、駅前に夕飯を買いに行った。店を出ると、あの子とお父さんがいた。自転車で前を走っていく。振り向くその子に手を振っても気がつかない。目が合っても気がつかない。
道をそれた。と思ったら、また叔母の店で合流。自販機で煙草を買うお父さん。これも何かの深ーい縁としか思えない。

何の偏見も思惑もない無垢の笑顔。他人に接する透明な空気。
若い両親が彼の持って生まれたをそういう面を潰してしまわない人間なんだろう。素敵だ。

それと、茶とらの野良ネコ。
半年前に会ったけど、覚えていたのかどうか。
おばが優しくしていたせいか、わたしを恐がらないで、軽く鳴いてわたしを呼ぶ。
近寄りすぎず、遠すぎず。ネコならでは。癒される。

ちょっと足りない隣りのおばさんも、いつ会っても、なんとなく嫌じゃない。
足りないようで、どこかとても繊細な部分を持っている気がする。それがわたしに通じるのかな。

さて、わたしの放浪はこの先どのようになるのでしょう。
体調と低い位置にある心の状態、その反面、手相は気のせいか少し復活の兆し。
吉相。だと思う。

頂いた音楽をたっぷり聴いて、頂いた料理で夕飯にしよう。
つまらない悩みよりも、数々の幸福を全身で喜ぶ事に意識を使わないと。

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